親の物忘れがひどく感じると「年のせいかな」と思う反面、「もしかして認知症の始まりでは」と心配になることもあるでしょう。
放置していい物忘れなのか、それとも注意すべき認知症のサインなのか、その見分け方に悩む方は少なくありません。
本記事では、加齢による物忘れと認知症の境界線の具体的な見分け方をわかりやすく解説します。
違いを正しく理解し、今後のご家族との関わり方や将来への備えを考えるきっかけになるため、ぜひ最後までお読みください。
物忘れと認知症の境界線
年を重ねると物忘れは誰にでも起こります。自然な老化か認知症の始まりか、その境界線は曖昧です。しかし、両者の違いを知ることは、認知症のサインに早く気づいて早期に対応をとるためにとても大切です。ここではその違いを見ていきましょう。
誰にでも起こる加齢による物忘れ
加齢による物忘れは、脳の機能が変化することで少しずつ起こる現象です。始まる年齢は人それぞれですが、一般的には40代後半から50代頃に以下のような「あれ?」と感じることが増えてきます。
- メガネを置いた場所を思い出せない
- 知人の名前がすぐに出てこない
- 約束の時間をうっかり忘れる
しかし、大切なのは「忘れたこと自体はわかっている(自覚がある)」点です。多くの場合、何かのヒントがあれば「ああ、そうだ」と思い出すことができます。
また、新しいことを覚えたり、物事を判断したりする能力に大きな問題はなく、日常生活を送る上で深刻な支障が出ることはほとんどありません。物忘れの進行も緩やかで、急に悪化することは少ないのが特徴です。
脳の異変によって出現する認知症
一方、認知症は単なる物忘れではなく、脳の病気や障害によって、一度成長した認知機能が低下し、日常生活に支障が出ている「状態」を指します。アルツハイマー病や脳血管障害など、原因となる病気が背景にあります。
認知症による物忘れの大きな特徴は「忘れていること自体を自覚していない」点です。たとえば、「昨日の夕食の内容」ではなく「夕食を食べたこと自体」を忘れるように、体験全体が記憶から抜け落ちてしまいます。そのため、ヒントを与えられても思い出せないことが多いでしょう。
さらに、物忘れ以外にも以下のような認知機能の障害も現れます。
- 計画を立てて実行できない
- 注意力が散漫になる
- 言葉が出てこない
- 判断力が低下する
これにより、お金の管理や服薬、外出などが難しくなり日常生活に支障が生じます。多くの場合、症状は徐々に進行していきます。
物忘れと認知症を見分ける方法
加齢による物忘れと認知症による物忘れは、どう見分ければ良いのでしょうか。いくつかの目安となるポイントを比較してみましょう。
項目 | 加齢による物忘れ | 認知症 |
---|---|---|
忘れる内容 | 体験の一部 | 体験そのもの |
自覚の有無 | 物忘れの自覚あり | 自覚なし |
ヒントの効果 | ヒントがあると思い出せる | ヒントがあっても思い出せないことが多い |
日常生活 | 支障なし | 支障あり |
言動 | 大きな変化はない | 間違いを指摘されると作り話をしたり、「誰かに盗られた」と思い込んだりすることがある |
ただし、これらはあくまで一般的な目安です。とくに初期段階では判断が難しいことも少なくありません。「もしかして?」と感じたら、自己判断はせず、早めに物忘れ外来などの専門医に相談することが大切です。気になる変化は記録しておくと診察時に役立ちます。
認知症を疑う初期症状と見逃せないサイン
認知症のサインは物忘れ以外にも現れます。ここでは、認知症の中核症状と行動・心理症状、認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)について解説します。
認知症の中核症状
中核症状とは、脳の神経細胞が壊れることで直接的に起こる認知機能の障害です。代表的な症状には以下のようなものがあります。
- 記憶障害:加齢による物忘れと違い、出来事そのものを忘れてしまい、同じことを何度も尋ねる
- 見当識障害:時間や場所、人がわからなくなる
- 理解力・判断力の低下:話の理解や適切な判断が難しくなる
- 実行機能障害:料理や買い物など段取り良く行動できなくなる
- 言語障害:言葉の理解や言いたいことを伝えられなくなる
これらの症状は、脳の損傷した部位によって現れ方が異なります。
認知症の行動・心理症状
認知症の行動・心理症状は、中核症状による混乱や不安から生じる行動や心理状態の変化です。ご本人の性格や周りの環境も影響し、症状は人それぞれです。
心理面では、不安、抑うつ、イライラ、幻覚、妄想などが現れることがあります。行動面では、徘徊、暴言・暴力、介護への抵抗、不眠なども見られます。これらはご本人が何かを訴えているサインの場合も多く、背景にある気持ちの理解が大切です。
軽度認知障害(MCI)は認知症の前段階
軽度認知障害(MCI)は、健常な状態と認知症の中間にあたる段階です(文献1)。物忘れなどの認知機能低下はご本人や周囲が気づき、検査でも認められますが、日常生活には大きな支障が出ていない状態を指します。この「日常生活への支障の有無」が、体験全体を忘れてしまうこともある認知症との大きな違いです。
MCIと診断された方の約半数が将来的に認知症へ進行するという報告もありますが、認知機能が正常に戻る方も20〜30%おり、必ずしも全員が進行するわけではありません(文献2)。早期に気づき、運動や食事、社会参加、生活習慣病管理など適切な対応をとれば、健常な状態に回復したり、進行を遅らせたりできる可能性があります。
認知症の症状に気づいたら
認知症の症状に気づいたとき、ご家族としては、日常生活での関わり方を工夫し、ご本人の不安を受け止める視点が大切です。そして、早めに専門家へ相談し、適切な対応を始めましょう。
日常生活でのサポートと関わる際のコツ
認知症の初期段階では、ご本人にも「何かおかしい」という自覚があり、同時に不安も感じています。安心して過ごせるよう環境を整え、できることは続けてもらいましょう。関わる際は否定せず気持ちに寄り添うことが大切です。話をよく聞き、ゆっくり・はっきり・短く伝え、自尊心を尊重しましょう。穏やかな表情や優しい口調も安心感を与えます。
早めに専門家に相談する
「認知症かも」と感じたら、早めに専門家へ相談しましょう。原因を特定し適切な対応を早く始めることで、進行を遅らせたり改善が期待できる場合があります。介護サービスの情報も得られます。どこに相談すれば良いかわからない場合は、まずはかかりつけ医、物忘れ外来、地域包括支援センター等に相談すると良いでしょう。
将来に備えて介護施設の情報収集を始めよう
認知症が進行すると、自宅での生活が難しくなることもあります。その場合は、将来の選択肢として施設への入所も考えておくと良いでしょう。介護施設は専門的なケアを受けながら安心して暮らせます。後悔しないためには早めの情報収集が鍵です。
介護施設の情報収集には、老人ホーム紹介サイトを活用するのがおすすめです。いいケアネットでは、多数の高齢者向けの介護施設の情報を掲載しています。無料で利用できるので、まずはお気軽にご相談ください。
物忘れと認知症の境界線に関するよくある質問
最後に、物忘れと認知症の境界線に関するよくある質問を紹介します。
親が病院に行きたがらないときの伝え方の工夫はありますか?
ご本人が受診を嫌がるのはよくあることです。無理強いせず、不安な気持ちに寄り添えると良いでしょう。「認知症の検査」と言わず、「健康診断のついでに」「一緒に安心するために」など伝え方を工夫したり、受診のメリットを伝えたりするのも有効です。かかりつけ医や信頼できる第三者の協力を得たり、まずご家族だけで先に相談に行くのも方法のひとつです。
認知症になると忘れる順番はありますか?
認知症の種類による違いや個人差はありますが、一般的には新しい記憶から忘れ、昔のことや体の使い方は比較的保たれやすい傾向があります。そのため「さっき話したこと」を忘れても、昔の習慣はできる場合もあります。ただし、あくまで傾向であり、忘れる順番が一律に決まっているわけではありません。

監修者
一般社団法人全国介護事業者連盟 理事長会
斉藤 正行
一般社団法人全国介護事業者連盟理事長。立命館大学卒業後、複数の介護関連企業で要職を歴任し、日本介護ベンチャーコンサルティンググループを設立。講演活動やメディア出演も多数。